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小さな出版社とオルタナティブスペース



表紙



『こどもと大人のてつがくじかん 
てつがくするとはどういうことか?』



【書評】新たな光を当てられた哲学と対話
「問い、考え、聴き、問い返される」中で、他者や自己と出会い直す
永井玲衣

近年、急速な広まりを見せている哲学対話。哲学対話とは、問いについてひとびとと聴きあい、考える営みであると言えるが、明確な定義は存在せず、日本ではそれぞれの地域や場面、状況に応じて様々な形に展開している。だがそこがむしろ哲学対話のよい部分であり、こどもと大人が対話する場である「犬てつ」もまた、愛知県犬山市という地域とそこに集うひとびとに密着した仕方で、主催者の慎重な思考と誠実なチャレンジ精神に支えられ、独自の発展を遂げている。本書は犬てつで行われた「てつがく対話」の三年間の記録となっており、活動の普及のための安易な普遍化としてではなく、一つの実践の記憶としてささやに提示されている。

しかしながらその内容は力強い。本書で繰り返し用いられる「思考の自由」という言葉は、まさしく犬てつにおいて獲得されようとするものだろう。「いい子って何」「言っていいことと悪いことのちがいって何」といったいわゆる哲学的な問いから「なんでウンコでみんな笑うの」などのユーモラスかつ深淵な問いを重ね、参加者は思い込みや前提からやさしく解放されていく。犬てつでのてつがく対話は「正解」「いいこと」を競い合う場では決してなく、互いに「問い、考え、聴き、問い返されるという繰り返し」の中で、他者や自己と丁寧に出会い直そうとする試みである。それゆえ読者は、そうした場に参加する子どもたちが、哲学の面白さだけでなく、型から解放されたか見知らぬ自己を発見していく過程を目の当たりにすることができるだろう。

だが、本書で描かれるのはこうしたすがすがしい自由だけではない点が重要である。多くの対話がそうであるように、犬てつもまた、ひとびとが憩い安らうだけのユートピアではない。てつがく対話は、傷つき、困惑、苛立ち、苦痛といった沈鬱さも連れてくる。ここで自由という語を吟味せず無邪気に用いれば、それはすぐさま「犬てつは参加自由の場なのだから、嫌な思いを少しでもしたのならば、今後は来なければいい」といった仕方で「自由」を保証する不干渉という責任の放棄に滑り落ちる危険性がある。だが犬てつは、苦痛に顔を歪めながらも対話のコンフリクトをじっと見つめ、その状況自体を「問い」にすることで、そのしんどさに立ち止まろうとした様子が描かれている。「自由」とは「自分で何でも決めていい」と捉えられがちだが、そこには「その代わり、その選択に関するものごとには干渉しない」という無関心が潜んでいる。だからこそ、犬てつで繰り返される「自由」という言葉は、わたしたに問いかける。なぜなら、本書の至るところで垣間見えるのは、真の自由を得るために、ひとびとがその場により関わり、放置せず、関心をもち、ケアのあり方を模索する姿だからである。こうした模索が押し付けがましくなく、むしろ読み手の問いとしても共有されるのは、実践者の「わからなさ」をそのまま率直に書いているからだろう。きらびやかな教育効果や、うつくしい成功体験をうたう書は多くあるが、本書はむしろそうした光り輝く世界からあえて一歩身をひき、読み手と共に考えようとしていように思える。また、犬てつは理性偏重的な哲学からも距離をおこうとしている。「触る、聞く、見る」という身体性を重視した対話、想像力を働かせる対話、言葉に限らない対話。哲学は犬てつによって、新たな光を当てられる。こうした営みもまた、凝り固まった哲学観から自由になることなのかもしれない。
(ながい・れい=立教大学兼任講師・哲学・倫理学)※肩書は当時のものです
週刊読書人2020年12月4日号掲載 


哲学プラクティス学会 学会誌『思考と対話』(vol. 3, 2021 年)に水谷みつるさんによる書評が掲載されました。本のデザインにも着目し、アートの視点から、ソーシャリーエンゲージドアートにも連なる流れとして、繊細に読み解いてくださっています。
全文はこちらから。哲学プラクティス学会:
https://philopracticejapan.jp/.../07/Mizutani_review.pdf

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【書籍の内容】


“みんなのいる意味を感じるところ。 新しい世界に踏み出せる場所。” (小5の参加者の声)

こどもと大人が一緒に対話し、紡いできたてつがくじかん。
愛知と岐阜の県境、悠々と流れる木曽川のほとりにある犬山で生まれた「犬てつ」の、宝物のような3年間のドキュメント。

「犬てつ(犬山×こども×大人×てつがく×対話)」が活動をはじめたのは、「てつがく対話」がまだ一般にはほとんど知られていない2017年のこと。てつがく対話についてまったく知らないこどもと大人たちが、進行役に導かれながら、手探りでの対話をはじめます。三年間にわたるつぶさな記録では、問い、考え、聴かれ、問い返されるという繰り返しのなかで、大人もこどもも自分とは違う意見をもった他者や新たな自分を見出し、対話の楽しさや深さ、難しさに目覚めていく様子が浮彫りになっています。

さらに、「てつがくすること」をより広い視点から考えるため、第一線で活躍する四人の哲学プラクティショナーに、「てつがくするとはどういうことか?」についての論考を寄せていただきました。一人ひとりのなかにある小さな哲学の声を聞き取り、他者にとっての他者である自己をみつけ、自分の生きている基盤を問い直す。てつがくすることに真摯に向き合った、それぞれの「てつがくする」あり方が見えてきます。

哲学対話のノウハウ本とは一線を画する、てつがくすることの意味を一から問いなおす、これまでになかったような実践の書。
てつがくすることの夢と希望に満ちた冒険がつまっています。

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【目次】
はじめに                             
犬てつという冒険 はじまりの物語 ミナタニアキ

【第一章】こどもと大人のてつがくじかん ミナタニアキ

一年目の記録 
(1)虫の命と動物の命の大きさは同じか違うか/親から子へ伝えることについて
(2)セーフな探求のコミュニティとは何か/質問ゲーム:チームにわかれて問答しよう
(3)勉強
(4)ケンカ
(5)お金
(6)時間

二年目の記録 
(1)テーマから考えよう お金 part2
(2)家族
(3)「考えるを楽しもう」(てつがく散歩/アートでてつがく対話/てつがくカードを作ろう)
(4)宇宙人に会ったら何話す!?
(5)アートでてつがく対話 part 2
(6)いい子って何!?
(7)ずるい!?

三年目の記録 
(1)なんでウンコでみんな笑うの!?
(2)「触る」てつがく対話
(3)テーマから考えよう/地球の国はなんでわかれているか
(4)てつがく対話って何?
(5)音で即興「聴く」てつがく対話
(6)言っていいことと悪いことの違いは何?
(7)アートでてつがく対話 part 3
(8)青空てつがく対話「どうしてお外は気持ちがいいの?」
(9)犬てつするってどういうこと? 

犬てつってどんな場所?

ふかふかの土壌から芽生える自由 安本志帆   
       
【第二章】てつがくするとはどういうことか?
ホントにホントのホントが知りたい! 松川えり
ほんとうに、こどものためのてつがく? 高橋綾
哲学するとはどういうことかについて、 私が語れる2、3のこと 三浦隆宏
ファシリテータ―に哲学の知識はどれほど必要か? 河野哲也

対話がひらく未来の扉 おわりにかえて ミナタニアキ

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プロフィール

ミナタニアキ 犬てつ主宰/インディペンデントキュレーター。高校を二年で中退し、京都で一年間暮らす。大検を受け、翌年東京大学入学。文学部を卒業後、ロンドン大学ゴールドスミスカレッジ美術科Certificateコース修了、東京大学大学院総合文化研究科表象文化論専攻博士課程単位取得退学。美術館で学芸員として働いたのち、フリーランスで展覧会のキュレーション、執筆、編集などの仕事を行う。2009年に犬山市に移住。楠本亜紀としての仕事の傍ら、2017年より地域に根差した活動の可能性を探ろうと、ミナタニアキの名義で犬てつの活動をはじめる。過去、現在、未来が複雑に交差する場を対話と想像力を通じてほぐし、編んでいくような創造的な活動を行なうことを目指している。

安本志帆(やすもとしほ) 哲学対話ファリシテーター/コーディネーター。みんなのてつがくCLAFA代表。元幼稚園教諭。幼児教育における5領域「健康」「環境」「人間関係」「言葉」「表現」の観点より哲学対話を捉え、幼児から大人まで、様々な人と哲学対話をおこなう。CLAFA対話のアトリエ、高浜市やきものの里かわら美術館、全国の小中高大学で外部講師として哲学対話のファシリテーターをつとめるほか、異業種間の哲学対話の企画運営や、当事者研究、哲学対話の個人セッション(哲学相談)もおこなう。河野哲也氏(立教大学)、三浦隆宏氏(椙山女学園大学)、村上靖彦氏(大阪大学)に師事。教育学、臨床哲学、現象学を通し、哲学対話実践における自らの問いを探求し続けている。

河野哲也(こうのてつや) 立教大学文学部・教授。博士(哲学)慶應義塾大学。専門は、現象学、心の哲学、教育哲学、環境哲学。代表作に、『いつかはみんな野生にもどる』(水声社)、『じぶんで考え じぶんで話せる』(河出書房新社)、『対話ではじめる子どもの哲学』全四巻(童心社)、『人は語り続けるとき、考えていない』(岩波書店)など。

高橋綾(たかはしあや) 大阪大学大学院博士課程修了(文学博士)。大阪大学COデザインセンター特任講師。学校や美術館などでこどもや十代の若者対象の哲学対話を行うほか、医療やケア、対人援助や地域づくりの現場において、対話を通じたケアのコミュニティの形成に取り組んでいる。著書に『哲学カフェのつくりかた』、『こどものてつがく ケアと幸せのための対話』(いずれも共著、大阪大学出版会)などがある。

松川えり(まつかわえり) 岡山を拠点に、カフェ、公民館、福祉施設、病院、学校などで哲学対話を提供するフリーランスの「てつがくやさん」(哲学プラクティショナー)。カフェフィロ副代表。共著として、『哲学カフェのつくりかた』(大阪大学出版会)、『この世界のしくみ 子どもの哲学2』(毎日新聞出版)など。毎日小学生新聞にて、「てつがくカフェ」連載中。

三浦隆宏(みうらたかひろ) 1975年三重県桑名市で生まれ、四日市市で育つ。1999年関西学院大学文学部哲学科卒業。2004年大阪大学大学院文学研究科博士後期課程単位修得退学。博士(文学、大阪大学)。椙山女学園大学人間関係学部心理学科講師を経て現在、同准教授(哲学・生命倫理学担当)。カフェフィロ副代表、日本アーレント研究会会長も務める。著書に『活動の奇跡:アーレント政治倫理と哲学カフェ』(法政大学出版局)など。

ヤマダクミコ  cuu design(クウデザイン) デザイナー/アートディレクター。2001年より都内の出版系企業にて広告制作に携わる。2008年に犬山市に移住。フリーランスとして、紙媒体を主とした制作物の企画、デザイン、コピー、キャラクターデザイン、ロゴデザインなど幅広い視点からの提案を行う。犬てつでのアートディレクションのほか、「生きづらさ妖怪攻略BOOK」(株式会社ハートマッスルトレーニングジム)、「未来からの扉~ 2000年後のやきもの王国へようこそ!」(高浜市やきものの里かわら美術館)など。一般社団法人 未来の体育を構想するプロジェクトなどの哲学対話関連企画・研究会の広報物も制作。デザインを通じて、対象の見えづらい魅力をユニークにわかりやすく伝える作品制作を心がけている。


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犬てつ叢書1
『こどもと大人のてつがくじかん てつがくするとはどういうことか?』

編集 犬てつ(犬山×こども×大人×てつがく×対話)
著者 ミナタニアキ(犬てつ主宰) 
   安本志帆(みんなのてつがくCLAFA代表)

寄稿 河野哲也(哲学者) 
   高橋綾(哲学プラクティショナー) 
   松川えり(てつがくやさん) 
   三浦隆宏(カフェフィロ)

装丁 cuu design ヤマダクミコ

本体 2,300円+税

発行 Landschaft

刊行日 2020年7月31日

A5版 268頁
ISBN 978-4-910238-00-5

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